カタクチイワシ - 弁慶丸

西潟正人の魚道場

カタクチイワシ

2020.01.17

カタクチイワシ

 

海では植物連鎖の頂点にいて、「海の米」と呼ばれる。幼魚はシラス、干してジャコ、畳イワシ、やや大きくなった生干しが田作り、丸干しが目刺し、煮て干して煮干し…など、伝統的な利用法を数えただけでも切りがない。カツオ漁の生き餌では高級魚だが、陸に揚がると数が多いだけに安い。旨くて安ければ申し分ないが、料理法がわからないとは情けない。漁師家の姑になったつもりで、伝授する。

 

手開き

①カタクチイワシの群れは、主に巻き網漁で捕獲される。

②捕れたてのうちに、ウロコを洗い落とさないと商品にならない。

③それを買うころには、手開きができる。捕れたばかりは身が固く締まって、とても手では開けない。右利きならば、左手に魚を持つ。

④右指で魚の頭部をちぎり…

⑤その人差し指で、腹を開きながら…

⑥頭と腹ワタを捨てる。

⑦魚は汚したままで、背骨から身を外す。

⑧首骨をつかんで、身を引き抜くように引っ張る。

⑨背骨を尻尾まで、しごきながら抜き取る。

⑩背ビレは、取り捨てる。

⑪しつこいくらい、何度も水洗いする。「百回洗えば、鯛の味じゃ」尾道で、漁師家のお婆さんが呟いたことがあった。

 

プロ技

⑫魚屋は手開きなど、まどろっこしいことはしない。梱包用の平テープをU字にしたり、金属をU字形にして身を削ぎ切ってしまう。U字を胸ビレの際に入れて、中骨に沿って片身を切り取る。百匹など、アッと言う間に下ろしている。

⑬水洗いだけは、時間をかける。魚の血の気がなくなるまで、何度も何度も水をかけながら洗う。

 

シコ刺し

⑭カタクチイワシは、日本各地に独特の呼び名がある。肥料にした干し鰯(ほしか)が転じてシコになったのだろう、関東ではシコイワシ。江戸っ子訛りは、ヒコイワシ。居酒屋で定番の刺し身は、シコ刺しとなる。洗い立てをショウガ醤油で食うのだが、これがたまらない。カネを気にせず、丼一杯食うなら手開きに挑戦だ。

 

一匹塩辛

⑮漁師が船上でやったという一匹塩辛(いっぴきじょっから)は、豪快だ。捕れたカタクチイワシに、たっぷりの塩をして水分を抜く。

⑯半日ほどしたら、塩を洗わずに一升瓶へ詰める。

⑰これを2~3カ月、船室の片隅に置くと、船の揺れでいい塩梅になるそうだ。

⑱長崎ではカタクチイワシをエタリと言い、一匹塩辛に似たものが市販されている。

⑲なかば溶けた姿の、カタクチイワシだ。頭から噛みしめて、舌と上顎でエキスを絞り出す。塩っぽさはこなれて、魚の旨味だけが口中に浸透する。酒なくして、酒を知らずして、この旨さは語れない。1年も放って置くと上澄みは琥珀色になり、瓶の底に魚の眼球と骨の硬い部分だけが沈んでいる。魚醤だ。

 

ソロバン玉

⑳頭と腹ワタを取っただけのカタクチイワシを、何度も水洗いする。骨ごと1㌢ほどの長さにぶつ切りし、酢味噌で食べる。氷見の漁師料理は、ソロバン玉と言った。

 

ゴマ漬け

㉑外房では、カタクチイワシを背黒と呼ぶ。その背黒の頭と腹ワタを除き、やはり何度も水洗い。塩にして水を出してから、炒り黒ゴマ、鷹の爪、ショウガ、を混ぜて酢漬けにする。重石をして、3日ほどで出来上がり。これがまた、たまらい。岡山のママカリじゃないが、酒が足りない。

 

目刺し

㉒漁師が作る、潮風に干された目刺しにかなうものはない。生干しの干物は生鮮食品、保存するほど味が落ちる。

㉓カタクチイワシの丸干しを1匹、白い飯に乗せる。この、満ち足りた幸福感はなんだろう。思わず合掌、いただきます。しみじみと腹に収めて、ごちそうさまでした。